01_道的再来

道的の目がゆっくりと開いた。眩い光が彼の瞳を刺激し、まぶしさに顔をしかめさせた。
周囲の景色は彼にはまるで異世界のように見えた。

彼は自分がどこにいるのか、
何が起こっているのか理解しようとしたが、記憶の断片しか思い出せなかった。
最後に意識を失った時、彼は囲碁の盤の前に座っていた。
あれから時間が経っているのか、それともただ今目を覚ましたのか、彼には分からなかった。

「私は一体・・・」

道的が辺りを見渡すとそこは8畳程の部屋、
部屋の隅には碁盤が置かれている。
部屋は小綺麗でそこに敷かれている布団で道的は目を覚ました。
窓を見ると月が昇った夜空が見える。

「ここは・・・?」

道的は部屋に敷かれた布団から立ち上がった。

「私は確か碁を打っていたはず、何故このようなところに・・・」

道的は心中が困惑とした中、数分が過ぎた。

「ガチャガチャ」

ふと目線を隣のダイニングスぺ―スに目を向けると玄関から音が聞こえた。

「バタン!」

「ふー疲れた。今日も早く帰れて良かったー」

どうやらこの部屋の主が帰って来たようだ。

「ん?」

「え?あんただれ?なんで部屋に入って来てるの?」

しかめっ面で男は答えた。

「私は道的、あなたはどなたでしょう?ここはどこですか?」

道的はとても困惑した様子で答えた。

「へ?新手の空き巣?」

男は疑り深いまなざしで道的を見つめていた。

「私はいつのまにかこの部屋で寝てました。気づいたらここにいたのです」

道的は続けて答えた。

男はやや動揺した様子で、ジロジロ道的を見た。
袴姿で見たところ何も持っていない。
空き巣や強盗じゃなさそうだな・・・

「私は師と碁を打っていました。そしていつの間にかここで寝ていたのです」

道的は正直に答えた。

どうしようか、とりあえず警察を呼ぼうか。
ん?でも待てよ、こいつ自分を「道的」だとさっき言ったぞ。
男は「道的」という名前を知っていた。
それは男がアマチュアの碁打ちだったからだ。

「道的」の師の道策は棋聖と呼ばれており、道策は古今東西唯一無二の傑物と評され、
その一番弟子として道策と若くして打ち分けた碁豪として「道的」は知られている。

「えーと、道的さん碁を打つんだっけ?」
「そうそう俺の名前は善田弘、ここは東京。あ、昔の江戸ね」
「道的ってさっきあなた名乗ったけど本因坊道的?」

善田はちょっとからかってやろうと思った。

「そうです、自分は本因坊道的です」

道的は飾りげなく答えた。

「あれ、現代の言葉が通じるんだね」
「まぁいいや、俺も碁を打つんだけどさ、ちょっと打ってみない?」
「碁盤はここにあるからさ」

善田は碁盤を部屋の中央付近に置くと道的を碁に誘った。

「何がなにやら分かりませんが、打ちましょう」

道的は対局に同意した。

「俺が黒を持っていいかな?道的様に黒はもたせられしないなぁ」
「んじゃ、よろしくお願いします」

あぐらをかいて善田は対局の合図に入った。

道的は正座し、緊張感のあるピりっとした雰囲気になった。

「よろしくお願いします」

善田は右上隅星から打ち始めた。
道的はちょっと驚いた様子だったがすぐに緊張感のある顔に戻った。

善田の黒の二連星に対する、道的の白小目からスタートした。
早速、善田は白にカカっていった。
道的は黒の石を挟むと、お構いなしに善田は小目にカケていった。
道的はすぐにデギリお互いの石が切れた戦いの恰好に入った。

30手も経たない内に善田の打ちぶりが怪しくなった。
善田の強さはネット碁指標でのアマチュア4段程度。
どう足掻いても道的に勝てる棋力ではない。
40手進んだところで善田の石が潰れ形になった。

「負けました」

善田が小声で呟いた。

「あなた本当に本因坊道的?」

善田が不思議に問いかけた。

「私は師の道策と打っている最中に突然ここへ来たのです」

道的は本心から答えた。

「ふーん、じゃあちょっと本物かどうか確かめさせてもらっていい?」

善田がそう言うとゲーミングノートPCを立ち上げ始めた。

「これは一体・・・?」

道的は不思議そうな表情で画面を見つめた。

「この中に碁盤が入っている」
「ここを押すと碁石が置かれるから、この中の相手ともう一度、碁を打ってよ」
「勝ったら本因坊道的ってこと信じてあげる」

善田は難問をふっかけて確かめようとした。

「これはマウスといって上下左右に動かすとその通りに画面上の矢印が動く」
「ここに映っている碁盤の上の矢印を碁石の置きたい場所に持ってきて、ここを押す」
「それだけで、碁が打てるよ、今回は黒番で対局してみてほしい」

善田はあえてコミなし黒番のCPU9段と戦わせることにした。
本物の道的ならば勝てるはずと思ったのだ。

「えーと、これを動かして矢印を持って来たところで、ここを押すのですね」

道的は恐る恐るPCに触った。

「そそ、簡単簡単、最初は慣れないかもしないけど、慣れれば実際の碁盤と変わらないよ」

そっけなく善田は答えた。

「よく分かりませんが、打たせていただきます。お願いします。」

道的はテーブルの上に置かれたPCを前に正座のままマウスをクリックした。
道的が右上隅小目に打ってから数秒後、白のCPUが打ち返してきた。

「おお!」

道的は思わず声を上げた。人がいないのに碁が打てるのか!?
それにこの画面に映っている碁盤には厚みが全くないし、
一体全体どうなっているのだ?
道的の胸中は驚きでいっぱいだった。
しかし、すぐまた緊張感のあるピリッとした表情に戻った。

20手進んだところで道的は長考に入った。
それもそのはずである。江戸時代の定石と現代の定石は異なる。
定石は主に隅の攻防をまとめたものであるが、
四隅とも道的にとっては新型の構えに入った。

師の道策も早碁が得意であったが、道的も負けず劣らず得意である。
10分の短時間で決断し着手した。

1時間程度のところで50手程進んだ。
碁の布石が終わり中盤戦の戦いに入った。
初見の定石であるにも関わらず、
ほぼ互角の分かれで盤面形勢黒良しの余力を十分に残した。

70手目に差しかかった時、CPUが劣勢を検知して勝負手を放ってきた。
15分の考慮時間を使い最善の別れで道的はCPUを捌いた。
90手目でCPUが無理手を打ってくるようになった。
囲碁は無理が通れば道理が引っ込むともあるように、
無茶苦茶な手でも成立すれば問題ないのである。

しかし道的はそれを許さなかった。
100手で大石を絡み攻めにした道的はCPUに一方的な展開を押し付けた。
120手目でCPUの石が取られてしまい。あえなく投了となった。

「あなたの勝ちです」

対局勝利のポップアップメッセージが表示された。

「マジか・・・」

善田は驚きの色を隠せなかった。

「この中の者、かなり手ごわいですね、今まで体験したことのない類の強さを感じました」

道的はあっさり答えた。

「いや、あなたの強さは驚きだ、プロでもそう勝てないのに・・・」

本物の道的であることは間違いなかった。
打ちぶりも道的そのものであるのが認められた。
さて、問題はこの現代に蘇った道的をどうするか・・・?

「道的さん、あなたが本因坊道的であることは認める」
「しかし、ここは大体350年後の日本だ、あなたがいた時代とはまるで違う」
「私でよければ、この時代について少し話すことはできるが、どうしようか?」

道的はすかさず反応した。

「まだ、何も分からないので教えていただければ幸いです」

道的の謙虚な態度は一層深まっていた。

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