6月も初旬になった。今年は空梅雨であまり天候が乱れることは少なかった。
善田は少し忙しかった。道的を外来のプロ試験に参加させるため、
道的の身分証明書と今後の収入用の口座の開設など、やることが多かったからだ。
道的の身分証明書は役所で手続きすることで案外すぐに発行された。
収入用の口座は身分証明書と道的用の印鑑を作り、口座を新たに作った。
ネットと違い、しっかりと善田道的と名前が出てしまったため、
若干の不安を感じたが、まぁなんとかなるだろうと考えていた。
健康診断や証明写真も作らせていた。
鑑定用の棋譜はあの碁会所でのプロ棋士との棋譜を一枚。
もう一枚は自分との対局とした。
自分では参考にはならないと思ったが、プロ棋士との一局があれば十分だろうと思った。
道的はあの一局以来、評価値での研究時間が多くなっていた。
やはりAIに上手い手を返せなかったことが響いているのだろう。
そんな道的を労うためか善田は少しずつ道的に現代の見聞を広めさせようと思った。
囲碁ソフト以外にもPCの使い方を教え、
ニュースサイトやYoutubeといった動画サイトなども見せたりした。
道的もインドア派に近かったらしく、画面一つで完結するPCは性にあっていた。
ニュースサイトを開いた時は、このニュースはどんなことを言っているか?
と善田に質問を投げかけることも多かった。
善田がいないとニュースもよく理解できないので、
善田がいる夜にニュースサイトを見ることが多く、
必然的にdouteki_after350の活躍は少なくなっていった。
それと家事は完全分業制にし、
ゴミ出し、買い出しは善田が、洗濯、掃除全般は道的が担当した。
当初は寝づらかったソファーも寝具の一部として機能するよう、
寝やすいソファーに買い替えた。
道的が現れてから色々と出費が重なったが、
元々お金を使わない善田は貯金を少し崩して対応していた。
PCの使い方も基本から覚えて貰おうと思った善田は、
基本的な構造と操作、それからローマ字入力を丁寧に教えていった。
タイピングスピードこそ早くないものの、
道的は若く飲み込みも早いせいもあって練習することで一定のレベルには達した。
道的は検索エンジンを使って様々なことも検索し始めた。
当初はニュースのことも善田に聞かないと分からなかったが、
徐々に単語の意味や近代までの歴史の知識を獲得する術を覚えた。
道的は自分のことや、師道策のこと、囲碁の変遷についても調べてみた。
囲碁の家元制度は今は無くなり、代わりにタイトルホルダーとして。
本因坊の名前が残ることも知った。
歴史上自分は22歳で亡くなることも知った。
道的はこのことについて不安と江戸時代への郷愁を覚えた。
また21世紀にあっては隣国の方が囲碁が盛んであり、
囲碁界の隆盛を強く感じた。師道策に至っては無二の傑物と評され、
その道策と若くして渡り合ったと評された自分の記事を見ると、
少し歯がゆい気持ちになった。
また、現代がいかに変化のスピードが早いかも知ることとなった。
これについてはAIが多くの人に使われるようになって、
まだ数年という単位のレベルに驚いた。
善田は善田で相変わらずであった、
仕事のルーティンをこなし、時に社内の課題解決に向けてエンジニアとして腕をふるい、
帰ってきては、道的の相手をしたり、スマホでポチポチ時間潰しをしていた。
ことさら拘った趣味も囲碁が少しあるくらいで、それも善田程度の腕ならば、
スマホの13路盤で休日に対人戦をこなす程度で、十分ストレス発散になった。
道的と善田の日常は良くも悪くも落ち着きが出始めた頃であった。
幸いにも金銭的には問題ない預金もあったので、そこは救いでもあった。
道的と善田の性格の相性も良く、お互いが両方をよく配慮できていた。
ただ今後どうなるだろうか?漠然とした不安は二人ともあった。
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