14_別れ

警察と医療機関から道的の訃報が確実なものであると判断された時、
メディアにもこの情報が流れた。

ニュースサイトにはトップ画面に「善田八冠 事故のため急死」の速報が出された。
棋界にも激震が走った。突然八冠の棋士がいなくなったので当然である。
同時に夜、善田宅にもマスコミからの取材が殺到していた。
善田は概要だけ伝えると、今は何も考えられないので後日詳細をお伝えします。
と言った。マスコミはしつこく喰らいつこうとしたが、善田は全て断って家の扉を閉めた。

あの碁会所で会った棋士からも善田に直接電話が飛んできた。
同様に今日の概要だけ伝えると、後日追って詳細を伝える旨を告げた。

善田は今後のことをどうしようか考えていた。
しかし、ショックで頭が回らず、疲労も限界に達していたため、
いつものソファーで寝ることにした。道的の布団は畳まれたままだった。

翌日、あまりよく眠れなかったが、目を覚ますと、
善田は頭を整理して今後のことを考えていた。
とりあえず善田は道的のことを実家に黙っていたが、ありまのままを伝えることにした。
善田はどこまで本当のことを話せばいいか完全に整理できていなかったが、
誰かに相談せずにはいられなかった。

善田の両親は賢明だった。
善田が下手な嘘を言ったり人を貶めたりする性格ではないこと知っていたため、
善田の話を全面的に信じ、今後のことを一緒に協議しようと言って相談に応じた。
善田は電話を片手に身内が死亡した場合の手続きの概要と連絡先を両親と相談した。
実質道的が囲碁界にいたのは4年弱であったが、
いくらなんでも葬儀を開かないわけにはいかなかった。

善田の家は無宗教だったが本因坊の家柄が日蓮宗であったことを調べると、
日蓮宗のお寺に道的の葬儀を依頼することにした。
また葬儀屋と連絡を取り葬儀の段取りを決めた。
棋界の著名人が訪れることを考えると広めの斎場を手配することにした。
また、このことを医療機関に伝え、日程の調整を行った。

会社にも事情を説明し、葬儀の手続きと葬式の日程を空けてもらうよう交渉した。
善田は手を動かすことで、ショックから逃れようとしていた。
まだ悲しいとか、寂しいといった感情はあまり感じなかった。
忙しさの中で感情が殺されている状態であった。

葬儀屋が家を尋ねて来た時、葬儀の日程を決めるとともに、
棋界とファンからの来訪者を限らせた方が良いとの助言を受けた。
それは道的が有名人であり、
会場に人が押しよせると大変なことになる可能性があるとのことだった。
善田は納得し、道的のスマホを開けるとロック解除のパスを知っていたので、
道的には悪いと思いつつも勝手に開き、履歴を確認すると、
特に親交が深かった棋士とファン、それと日本棋院の代表者のみとすることにした。

その旨を伝えるため善田は日本棋院に連絡を取った。
日本棋院の受け付けは了承した様子で、葬儀の日程を教えて欲しいとのことだった。
善田は葬儀の日程を伝えると、道的との親交が深かった関係者リストを伝えた。

葬儀当日、斎場には善田の両親、あの碁会所での棋士とマスター、
それと道的と関わりの深かった棋士とファン。日本棋院の代表が来ていた。
善田は葬儀が一日で完結する骨葬という形式を選んでいた。
これは遺体を斎場で火葬したあと、当日に遺骨をお寺で供養してもらう方法であった。
仕事の関係上、
告別式と供養の日取りを二日制の一般的な葬儀にする時間的余裕がなかったためだ。

予定通り葬儀が執り行われ、喪主は人生初であるが善田が引き受けることにした。
葬儀の細かいサポートは善田の両親が行った。
斎場で住職のお経を聞いている内に、善田は段々道的の死が実感として湧いてきた。
火葬の最中、善田は何も食べ物を口にしなかった。
ただ、様々な人が善田のもとへやってきて挨拶と道的へのお礼を述べていた。

その中にあの碁会所の棋士もいた。
本当に残念です。これからさらに世界に活躍の舞台も広げられそうだったのに、
道的は圧倒的な戦績を残していたので当然だろう。
善田は上手く言葉が出せなかった。
棋士も察した様子で、また今度落ち着いたら連絡させて下さい。
と締めくくってその場を離れた。

お寺での供養も済ませると、
戒名をつけてもらい遺影と位牌と遺骨の入った骨壺を家へと持ち帰った。
タクシーで家へ帰ると、即席祭壇用に注文していた机に、持って帰って来たものを置いた。
遺影を立てて位牌と骨壺の位置を調整すると、湯飲みに水をそそぎ置いた。
それと道的が生前好きだったチョコレートを供えた。

ここまで終わってから、善田はおもむろに喪服から普段着に着替えると、
道的の遺影に向かって、

「また、ずいぶん早かったな、どうだ、現代で碁は楽しめたか」

と一言呟いた。

それからポタポタと床に涙がこぼれていた。

次:15_夢

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コメント

  1. 本好き より:

    おそらく誤字
    善田の話しを全面的に信じ、〜のところ
    話し→話
    かと思います。間違ってたらすいません。

  2. 山羊丸 より:

    本好き様、コメントありがとうございます。
    修正をいたします。
    ご指摘ありがとうございました。