次世代の教育は国語力と集中力こそ鍛えるべき

昨今AIが徐々に社会に溶け込み始めている。これは悪くない出来事だ。しかし、問題はAIが人間を超えられないのではなく、いずれ人間がAIについていけなくなることだ。

まず誤解しないでいただきたいのはAIは人間の敵ではない。確かにある一面だけを切り取ればそういった見方もできる。しかし、これは木を見て森を見ずというように人類全体の進歩を視野に入れていない。紙が生まれても、そろばんが出来ても、電卓が発明されても、コンピューターの時代が到来しても人間は人間のままのように、AIが生まれてもAIは人間の生活を変えていくだけであり、その流れは今までと変わらない。この局面に至って、人間がAIと上手く手を取り合っていくことがなにより大切である。

では、AIと人間はそれぞれどう変わっていき、関わりを強化していくことができるのか。まず、AIは今後も後退することなく進歩を続ける。従ってAIはAIで勝手に進歩させておけばよい。なぜならAIの進歩はいずれAIが独立し我々の手に余る代物だからだ。では人間はどうか。こっちは大いに検討の余地がある。人間は求めるものをAIに正確に伝達できなければならないし、人間とAIのずれにも付き合わなければならない。

人間は人間とAIの共通基盤である母国語、つまり国語力を強化することが、次世代で最も重視することは言わんとするところである。また、AIとの高いパフォーマンスで共同作業に慣れるため集中力も必要となってくるであろう。

この道に王道なし、様々な到達への手段がある。従って完全な正解というのは各人で見つけなくてはならない。しかし、これでは記事として言わんとすることが無くなってしまうので、少し肉付けしておこうと思う。それは「好きこそ物の上手」なれという格言だ。

何かの上手になるためには、高い集中力、論理立てが必要である。集中力がないとパフォーマンスを維持できないし、論理立てる力が無ければ高度なことを実現することが難しい。特に自分の興味ある分野の専門書(文書)を読むことが国語力の上昇に繋がると考える。そしてまた自分の成果を共有できる場所を見つけ、自分の論理を組み立てることも推奨される。

私はこれを囲碁で実践している。囲碁は興味のある諸氏にとっては非常に良いAI時代の教材だ。集中力、考える力、専門書を読み解く力、対局での自分の表現、局後の検討で振り返る時間。全て必要な要素がここに詰まっている。無駄がない。私は囲碁を囲碁を楽しむためだけにやるのは、勿体ないと思う。また、囲碁が全く面白くないという人間にもおススメできない。だがAI時代の嗜みの一つであると心強い。次世代の子供の教育にも良いと言えるだろう。

そして、好きな事というのは非常に重要である。そこから発展性を求めやすいからだ。それに連なって、国語力と集中力を鍛え、来るAI時代に備える。これが基礎となる。この二つがあれば後は些末なものだ。なぜなら全てここから引っ張ってこれるからだ。プログラミングでも最も重要なものは何か、と聞かれれば「国語力」と「気合い」である。結局、論理立てた読み書きと、調べる力、トライし続ける気合いが最も大切なのである。

最後になったが、これからのAIの台頭は避けらない。次の時代にも取り残されないよう。しっかりとAIと手を結べる自分を作っていくことが大切である。

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