あれから一ヵ月が過ぎた。
元々籠り気味であった善田も道的を引き籠らせるのは良くないと思い。
たまには、外に連れ出そうと計画等を立てていた。
硬派な善田はあまり観光スポットなどを紹介するのは好きではないが、
ただ、見るだけで驚く道的の好奇心にそそられて、
休日は東京の名所見物でもしてみることにした。
いつもは何とも思わない物や場所でも驚きを隠せない道的は、
職場以外では外に出ない善田にとってもいい刺激になった。
意外にも道的が一番驚いたのは、東京はどこへ行っても建物やアスファルトで
土や畑の気配がないことだった。
一体どうやって生活するのか?それは大きな疑問だったようだ。
そしてネット上ではある噂が立ち始めていた。
それはdouteki_after350がAIなのではないかということだった。
道的は勝ちが過ぎてミスクリック以外では負け無しだった。
それもミスしたのは一回だけで、それからは慎重にクリックしていた。
結果的に対人勝率98.9%。レーティングは過去最高を記録していた。
douteki_after350の棋譜を研究材料にするプロも現れ、
本当に道的が350年前から現れたに違いない。と比喩される程であった。
あまりの強さに道的と対したプロの対局者からメッセージが届いた。
それは道的と直接会いたいという日本人棋士からのメッセージだった。
道的はメッセージが届いたことを善田に伝えると、善田は返信の方法を教えた。
善田は会ってもいいのではないかと思い、軽い気持ちで道的を後押しした。
場所は双方のアクセスの良い新宿の碁会所、善田も立ち会うことにした。
当日、道的はスーツ姿に着替え、新宿に向かうことにした。
善田は仕事がたまたま溜まって疲れており、
私服のラフな格好で行くことにした。
これについて道的はやや不満だったようだ。
新宿の碁会所に着くと、そのプロ棋士がいた。
今日は指導碁に来ているわけではないんですよ。
といってお客との対局を断っている最中だった。
まだ若い、20代中盤と行ったところか。男性プロ棋士としては花形の年頃である。
善田は道的と共に碁会所に入ると二人分の席料を払い。
プロ棋士に挨拶をすることにした。
まず、善田が挨拶した。
「初めまして、今日はdouteki_after350の付き添いで来ました善田と申します」
善田は丁寧に挨拶を交わした。
「おお!こんにちは!」
「え!?っていうことはそっちがdoutekiさん???」
「えぇ!メチャクチャ若い!」
プロ棋士は興奮を隠せなかった。
まさか自分より若いプレイヤーだとは思っていなかったからだ。
道的は笑いながら照れくさそうに挨拶した。
日本にこんな棋士がいるなんて信じられないという様子でジロジロと道的を見た。
「doutekiさん何でプロじゃないんですか?」
当たり前の質問が道的に降りかかってきた。
「実はdoutekiは最近まで国外にいまして、囲碁はネットとAIで育ったんです」
「それで、今度プロ試験を受けてプロとして活動することも検討している最中なんです」
大体予想していた善田はすかさず間に入った。
「doutekiさんなら間違いなく合格しますよ。というかタイトルもすぐ取りそう」
道的は自分の本来の生い立ちを話せないことにやきもきはしていたが、悪い気はしなかった。
「私は道策先生から学んでいたんですが・・・」
「それより高みを目指そうと今AIの研究に夢中なんです」
道的は善田の意志を汲み取りつつも、自分の本来の意見をきっちり述べた。
それからは三人で少々の囲碁の雑談を交わしてから、
記念対局ということで一局、道的とプロ棋士が打つことになった。
当然手合いは互先。道的は白を持っての対局となった。
善田はお茶を一杯貰ってからじっくり観戦することにした。
このプロ棋士中々に兵である。それは棋風から知っていた。
力碁が得意で戦いになると無双の力を発揮する攻撃的な棋風のタイプである。
白を持って道的はどう戦うかゆっくり考えていた。
また、プロ棋士もこの難敵にどう打っていくか構想を巡らせていた。
久々の対面での対局に道的は少しワクワクしていた。
盤面を眺める道的に対して、一瞬ジロっと道的の顔色を伺ったプロ棋士は、
一着目を打つのに5分かけた。
序盤から激しい戦いになると思いきや露骨な手はあまり盤面に現れない。
プロ棋士は機を伺っているようだった。
道的は少し上機嫌であったが冷静さを失ってはいなかった。
中盤戦に入り、石の競り合いが始まった。
ここに来てプロ棋士は怒涛の気迫を見せた。
しかし、一瞬石に無理気味な隙が生まれた。道的はこれを見逃さなかった。
古く道策の二子局で見せたような猛追を道的は見せた。
あれよ、あれよと言う間に石のダメが詰まって行き、大石の死活に発展した。
プロ棋士は難局を打開すべくコウの形で粘った。
しかし道的は冷静だった。
コウ材が一つ足りないことを数秒で読み切ると、
あっさりとコウを手放して実利戦に持ち込んだ。
まだ形勢は分からない。ただプロ棋士の猛攻撃は不発に終わった。
そこからは徹底した中盤構想で形勢を優位に進め、大ヨセを向かえた。
ヨセ勝負前まではやや白持ちだったが、大ヨセに入ってからハッキリ形勢は動いた。
盤面互角といったところだろうか。
小ヨセでさらにプロ棋士が2目程度損し、意気消沈した。
189手で投了。道的の圧巻の棋譜だった。
「強い、強すぎる」
プロ棋士はボソッと呟いた。
善田は多くのギャラリーが見守る中、3杯目のお茶を取りに行った。
検討が始まった。
プロ棋士は敗因はここが無理でしたかね?と尋ねると
コクン、と一つ道的は頷いた。
「気合は良かったんですが、ちょっとやり過ぎでしたね」
「後は悪くありませんでした」
「コミの負担がある分、この碁ではヨセ勝負に持ち込まれると厳しかったですね」
道的が感想を述べた。
「ありがとうございました、また今度勉強させてください」
道的は快諾すると、善田にお茶をねだった。
どうやら、対局終盤は喉が渇いていたらしい。
給茶機の操作を教えると、なるほど。といった様子でお茶を受け取り、
善田にお礼を言った。
プロ棋士はまだ真剣に碁盤と向き合っていた。
道的がもう一杯お茶を入れると、どうぞ。といってプロ棋士に差し出した。
「これは、どうも」
と言った後、二人で盤面を見つめていた。
ひとしきり頃合いが過ぎた頃、
善田は今日は疲れているのでそろそろ帰りたい旨を道的に伝えた。
道的もお茶を飲み終えた後、
「また、来ます」
と、にっこり笑って帰路についた。
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