07_迷い

相変わらずの生活が続いていた。
善田は特にこれと言って困る事もなく、
せいぜいがちょっぴり節約気味に生活をするぐらいが課題点だった。
道的も相変わらず熱心に囲碁を研究し、日々研鑽していた。

ここで一つ迷いが生じた。
いつまでこの共同生活を続けようか?という疑問である。
正直なところ道的をプロにしてしまうことは容易である。
しかし、それは同時に生活のスタイルを大きく変えねばならない。

今の仕事に満足していた善田はその事が気がかりだった。
道的に軽く質問してみるも、今はまだ修行中の身。
現代の碁を研究することに全力を尽くしたい、とのことだ。

アマチュアの棋戦で満足できる道的ではないだろう。
生活していくにもタイトルを取るのが囲碁の天才として最も相応しい。
冬季プロ試験の外来受け付けは6月だからもうそろそろである。
早い内に結論を出そうと考えていた。

ただ、現代の生活するには善田の協力が必須で、
いずれにせよ、まだ共同生活は続きそうだった。
さて、季節は5月に入り道的の誕生日が近づいていた。
せっかくなので善田はお祝いをしようと思った。

実は道的は甘党であり、特にチョコなどが好きだった。
善田の家の近くには知る人ぞ知るケーキ屋があった。
そこで道的の誕生日にチョコをたくさん使ったケーキをメインに奮発した。
現代では誕生日をお祝いするのが一般的なのを伝えると、
二人でささやかなお祝いをすることにした。

道的はチョコケーキを一個皿に移すと、
善田もケーキを一個、自分の皿に移した。

「道的さん21歳の誕生日おめでとう」

善田は心からお祝いした。

「善田さんありがとうございます」

早速二人はケーキを食べた。

「むむ!これは美味しい!」

感激の声が道的から聞こえた。
道的には、ここのケーキを求めて遠方から買いに来るお客もいる、
と説明すると納得した様子だった。

「日々お世話になっているだけでは申し訳ない、何か自分にもできることはありませんか」

道的からの実直な一言だった。そうだなぁと善田は考えを巡らした。
生活に困ってることはほとんど無いし、
とりあえずは道的から囲碁を教えてもらうことを提案した。

「お安い御用です。善田さんの連休の一日は予定を空けておきます。」

道的はそう答えた。

さて、道的と善田の奇妙な生活はまだ続きそうだった。
善田はPCを道的に取られてしまったので、私用はほとんどスマホで生活していた。
道的の生涯をWikipediaで見ると22歳で逝去したとある。
善田はどこか不安を覚えたが、今のところ問題もないし大丈夫だろうと考えていた。

善田は現代の申し子といっても過言ではないくらい物欲も名誉欲も無かった。
女性にも興味が無かったし、子供も欲しくない。
それよりも自由に生きていたいという願望が強かった。

道的の研究は日毎に深まっているいるようだった。
序盤~中盤までの基本構想はオールラウンドの立ち回りで、
どんな碁でもAIに通用する実力に達していた。

元々道的の師である本因坊道策は碁聖と呼ばれ、
どんな碁でも打ち、序~終盤まで悪手を打つことは極めて稀であった。
道的はそんな道策と若くして肩を並べていた。
それに加え道的は極めて柔軟な発想力を持っており、
その打ち方は現代までも影響を与えている。

季節は過ぎ6月に入ろうとしていた。

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