10_再訪

7月。プロ試験の外来予選の日が刻々と迫っていたが、
生活は特に変わらずだった。
普通であればプロ試験が迫っているのだから、碁の修練に没頭するわけであるが、
道的は日常がそうであるのだから変わらないのは当然だ。

ここにきて以前、碁会所で対局した20代中盤のプロ棋士から善田に連絡が入った。
あの碁会所に行った日、善田は道的と暮らしているということで、
道的から直接連絡先を教えることはできないが、
自分の連絡先ならばいつでもと言って教えておいたのだ。

内容はまた碁会所で会わないか。ということだった。
道的も善田も乗り気であり、善田とプロ棋士の都合のつく時間を見つけて、
久々の碁会所で会いに行くことにした。

当日、先に碁会所についたのは二人の方だった。
すると奥から、
「あ!douteki_after350さんだ!」
「え?誰?」
「ネット上で有名な人だよ負けなしだって」

店内はざわついた様子だった。
指導碁を是非、とせがむお客さんもいるほど道的の存在感は増していた。
10分後プロ棋士も碁会所に到着した。

「やや、先生珍しいですな、またdoutekiさんですか?」

碁会所のマスターが席料を受け取りながら聞いていた。

早速三人は奥の隅の方へいくと、話を始めた。

「ネット碁のAIとの対局拝見しましたよ。大変な一局でしたね」
「あれから、doutekiさんを見かける機会も少なくなってどうされたのかなと思いましてね」

プロ棋士が尋ねた。

「そうですね。自分としても、まだ研究不足だったのが否めませんでした」
「あれから、また一からAIと向き合う時間を増やそうと思いましてね」
「研究に時間を割いている内に実戦の方は疎かになってしまいまして」

道的はつらつらと答えた。善田はもう自分は特に口出しは不要だろうと思い、
特に何も言わず二人の会話を聞きながらお茶を飲んでいた。

「今度の外来受けるつもりなんでしょうか?」

道的は一瞬善田を見た。

「そうですね、外来で受けてみようと二人で相談していたところです」
「なにせ、プロにならないとできないことが多いですからね」
「ただ、私が道的をプロモートしているんですが、なにぶん飛行機が嫌いでですね」
「国内で開催されている棋戦を中心に棋士活動をしようと思っているんです」
「doutekiも欲が無くてですね、碁が打てればそれで良いというスタンスなんです」
「今はAIがありますから、相手は必ずいるわけですしね」

善田は適当に言葉を濁しつつ本音ベースで話しを始めた。
どこまで冗談なのか分からないところでハハハッと愛想笑いをしながら話は進んだ。
 
「私がdoutekiさんなら世界一のタイトル保持者を目指してがむしゃらになりますが」
「やはり変わったお二方ですね、あくまでも求道を目指すスタイルは尊敬いたします」
「実は私、Youtubeで配信もしていましてですね、差し障りが無ければ今日のお話と、
 一局対局した内容を感想戦風の動画にしてネット上にアップしてみたいと思ったんです」

プロ棋士は淡々としゃべり始めた。

「私は別に困らないので配信していただいても大丈夫ですよ」

道的は答えた。善田も特に異論は無かった。

「そうですか、では早速一局打たせていただけますでしょうか」

道的は快諾すると、両者ともに碁笥を取りニギリから始まった。

「お願いします」

両者から対局の礼が交わされた。
あれから心境の変化はあったのかな?と善田はプロ棋士に対して思いつつも、
二人の対局を観戦することにした。ギャラリーも何人か集まってきた。

道的の棋風は以前よりもAI寄りの方向性に近くなっており、
地に辛い棋風になりつつあった、
対称的にプロ棋士の方は手厚く構え以前のような失敗がないよう、
細心の注意を払って力を発揮する棋風にやや変わっていた。

今回は黒を道的が持つことになった。
早速小目から打ち始め、地合い重視の碁になりそうだった。
対する白のプロ棋士は二連星、自然流を彷彿させる打ちぶりの予感があった。

序盤から地合いで先行する黒に対して、白は厚みで対抗した。
手厚さに関しては力さえ発揮させなければ恐るに足らずと判断した道的は、
固く構え、厚みを牽制しつつ地合いのリードでも遅れない展開を選んだ。
どこかで戦いを起こしたい白は黒の陣地に割って入りたかったが、
道的はその隙を与えなかった。

一見入れそうに見えるところでも、石を取り切る筋をしっかりと読み切っていた。
さしものプロ棋士も完全には読み切れていなかったが、
何かあるといった気配は感じていた。そのため迂闊に入るのを躊躇し。
最終的には地を消しつつ模様を張る展開に持って行かざるをえなかった。

大きな戦いといった戦いも起きることがなく地と模様の消し合いで大ヨセに突入した。
こうなると道的は強い。
布石、中盤、ヨセ、どれも超一級クラスであるから、
大ヨセに入った段階で妙手順を繰り出し、最後の手止まりを道的で終えた。
ここまで、約三目のリード。しかし、この三目は大きい。
結局作り碁まで持って行き整地してみると黒4目半勝ちで終局となった。

「あちゃー、やっぱり厳しいなぁ」

プロ棋士がぼやいた。

「今回もヨセ勝負となりましたね。私もAIから影響を受けて辛い碁に変わりましたよ」

道的は一言呟いた。

「ここ入ったら、潰れてました?」

と、プロ棋士が尋ねた。
コクンと道的は頷くと

「そこは読み切りでした、入ってくればもちろん潰しましたよ」

と、道的は答えた。
プロ棋士も納得した様子だった。

善田が気を利かせて二人にお茶を持ってきた。二人は善田に軽くお礼を言った。

「来年から同じプロ棋士ですか。楽しみですね」

プロ棋士が道的に言った。

「私も最近早碁ばかりで、もう少しゆっくり時間を使って打ちたいとも思っていました」
「やはり人対人でゆっくり時間を使うのは良いものだと思います」

道的が答えた。

善田は冗談で道的はタイムスリップしてきた道策の弟子なんですよ。
と言うと、プロ棋士は全く疑いません。実力に現れてます。と笑って答えた。

「今度研究会にいらっしゃいませんか?」

プロ棋士が尋ねた。

「いえ、道的は一人で研究するタイプですのでAIと時間を使わせたいと思ってます」

善田が答えた。

「それは非常に残念だな、doutekiさんが来れば大いに盛り上がりそうなのに」

善田はとっさの判断で道的を一人にするとどうなるか分からないことを察知し、
未然に出来る限り自分が立ち会えない場での交流を拒んだ。
道的も特に異論はなかった、特別困ったことも無いし、
現代では自分一人で研究するだけでも十分だと思ったからだ。

「少し初手から見直しますか」

道的が提案した。プロ棋士は快諾した。

こっちの方がいいですかね、というプロ棋士の意見に対して、
道的は率直に自分の見解を述べた。
この棋士はヨセに僅かな弱点を抱えているので、
ヨセの手どころのコツについて詳しく解説した。

なるほど、大変勉強になりました。

検討が終わると午後1時に来た碁会所でそろそろ8時になろうとしていた。

「お酒でも飲みませんか」

プロ棋士が提案してきた。

「いやこの子、下戸なんで申し訳ないですが」

と善田は嘘をついた。

「ありゃありゃそれは残念だ」
「じゃあ、今日はこれで、動画作ってアップロードしたらまたお知らせします」

と笑いながらプロ棋士は言った。

「え、先生今日も負けちゃったんですか、恐ろしいですな、あの青年は」

碁会所のマスターが入口でプロ棋士と話していた。

「doutekiさん、今度プロ棋士になったら、うちにもまた来てください」
「その前にアルバイトで指導碁されてもいいですよ」

と笑って言った。

道的と善田も碁会所を後にし帰路に入った。

「動画楽しみですね」

道的はほほえみながら善田に言った。

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