道的は破竹の勢いで棋聖戦、十段戦、本因坊戦のタイトルを制すと。
TV囲碁選手権のNHK杯にも出場し、初出場初優勝の晴舞台を制すこととなる。
最後の名人戦のタイトルを残すだけとなった。
七冠という重圧と世間の目線が道的に向けられるようになった。
TV棋戦の結果は分かっていたが、どうしても決勝戦だけは生で見たい。
そう思った善田は、家にTVを置いてなかったため、
ネットワークレコーダーをわざわざ買い、家のPCで観戦することにした。
道的も決勝戦を思い出しながら自分の碁が解説されているのを見た。
道的はそれほど注目を浴びることに関心が無いタイプだった。
しかし、メディアへの対応も与儀なくされることとなり、
それがストレスとなっていた。
善田も執拗なマスコミの追い込みにストレスが高まっていた。
必然、道的の生活では碁への研究時間とAIとの研鑽の時間が減っていった。
それでも、今までの経験値とセンスから現代の碁には十分すぎる程の実力だった。
最後の名人戦を制すと、道的のストレスもかなり高まっており、
加えて一般人からも注目を浴びることとなり、
常に気を張って生活せねばならない状態になっていた。
道的は24歳になっており一躍、時の人となっていた。
そんな折、運命のいたずらかそれとも宿命か、道的にある出来事が起る。
一体何があったのか?
これは善田にも全く予想ができていないことだった。
道的は日本棋院に向かう途中、信号待ちをしていた親子と遭遇することとなる。
親はスマホに夢中で子供のことをよく見ていなかった。
子供も今時の子供らしく自分のスマホを持っており夢中だった。
ドン!
急に子供の後ろから男性がぶつかった。男性も脇見しながら小さな子供が見えていなかった。
子供の手から落っこちたスマホが、たまたま運悪く道路の方へ投げ出された。
子供は判断がまだおぼつかず、急いで拾おうとした。
そこへ運悪く大型トラックが駆け抜けるところだった。
道的は一瞬危ない!と叫んで子供をかばうように自分の身を盾にすると。
大型トラックと正面衝突した。
母親はスマホから子供に目線を戻すと一瞬何が起こったか理解できず、
男性も同様に認識できていなかった。
数瞬過ぎてから母親が子供と道的の前へ駆けつけた。
大型トラックの運転手は急ブレーキをかけギギギギーと音を鳴らし停車し、
辺りは騒然となった。
市ヶ谷駅は交番が近くにあり、通報するまでもなくすぐ警官が駆け付けた。
それと同時にすぐ救急通報が警官から出され、
救急車とパトカーが駆け付けた。
子供の母親と男性と大型トラックのドライバーが警官から事情聴取を受けている最中、
道的と子供は救急車に運ばれた。
不幸中の幸いで子供は道的がクッション替わりとなることで軽い傷で済んだが、
道的は頭を強く打ち即死だった。
道的が病院につくと、すぐに念のため精密検査がなされたが、診断の結果は見えていた。
直ぐに道的の所持品がチェックされ、
道的のスマホの緊急連絡先に設定されていた善田に連絡がされた。
善田は最初は仕事中にマナーモードにしていた電話がなるので何事かと思って見た。
道的からのものだと分かると、
職場の仕事を中断して通話ができる場所に移動した。
「どうしたんだ道的?何かあったのか?」
善田は普段LINEで道的と連絡を取っていたため、
仕事中に道的から電話がかかってきたことに不思議がった。
その電話が医療関係者からのものだと分かると善田は慌てた。
「一体何があったんですか?」
善田が尋ねた。
「善田道的様は大型トラックと接触し、先程死亡が確認されました」
善田は頭が真っ白になった。
そのあとのやり取りはよく覚えていない。
ただ、すぐに会社に身内が急死したため早退する旨を伝えると、
急いで道的が搬送された医療機関に直接確認しにいった。
道的の身内の善田弘です。ということを伝え、身分証を見せると、
医療関係者は道的の遺体まで善田を連れて行った。
道的の遺体には顔伏せの白い布が乗せられており、一目で亡くなっていることが分かった。
ショックというよりも、あまりにも出来事が唐突過ぎて、
善田は頭がついていかなかった。
道的のスマホには日本棋院から問い合わせの連絡が来ており、
とりあえず、善田はそれに応対することにした。
道的が亡くなったことを伝えると日本棋院の受け付けも驚きを隠せなかった。
死因や状況をそのまま伝えると、それをなんとか了承した様子で、
善田の連絡先を聞いてきた。
善田は電話番号を伝えると、追ってこちらから再度連絡しますと言って電話を切った。
道的の遺体は一旦遺体安置所に運ばれることになった。
そのあとの死亡手続きについて説明は受けたが善田は全く頭に入っていなかった。
「申し訳ありません、今日はショックで何も理解できません」
医療関係者も察した様子で明日また連絡をするということで、
善田の連絡先だけ聞いて善田に時間を与えることにした。
善田は夢の中を歩いているような感覚で帰路についた。
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