道的との奇妙な共同生活に入った善田は、
一心不乱に碁を追求する道的に対して、その姿勢に感服していた。
対する道的も変化と求道の連続で毎日に飽きることは無かった。
ただ、全く敵なしというのも寂しいものである。
囲碁というのは二人で打つゲームだから一人だけでは名局は生まれない。
そこには孤高という大きな寂しさが道的の胸中にもうっすらあった。
ただ善田は道的を世界のプレイヤーとのネットで対戦させても、
実際に日本に来ない限り相手をさせたくなかった。
それは善田の勝手な要望であったが、
善田は飛行機に乗ることが大の苦手であったのだ。
人間が空を飛ぶというのが幼少の頃からどこか違和感を感じる、
そんな奇妙なコンプレックスがあった。
そんなこんなもあって遠くに行くことはあまり好きではなかった。
昇竜の憂いともあるように高みに到達しすぎてしまうと、
それ以上は昇ることは難しい。
道的も自分と半目を競う相手がいたらなとは考えていた。
そんな折、あるメッセージが道的に届く。
douteki_after350で築いた実力が認められ最新AIとの直接対決をしないか？
との内容だった。早速、道的は善田にこのことを伝えてみた。
善田も面白そうだと思い、二人はこの提案を受けることにした。
指定された対局サイトは今使っているものではなかった。
仕方がないので、この対局のためだけに新たにソフトをインストールし、
善田は道的が対局できる環境を整えた。
IDは今まで使っていたdouteki_after350、0戦0勝0敗だ。
相手と申し合わせた時刻で対局を申し込むと相手が対局条件を示してきた。
日本ルール、コミ6.5、持ち時間3時間ずつ。秒読み1分。
善田はこれに異存がないかと道的に問うと。
問題ないから進めようということになった。
手番は道的の白番。相手のAIは黒番となった。
道的はいつになく真剣だった。
隣で見ていた善田は道的の気迫に圧倒されそうになった。
展開は思ったより早かった。
序盤は研究済みの分かれが多く。どちらもポイントを上げることはなかった。
中盤戦になると戦いが激しくなってきた。一手緩めば即終了である。
道的はそれが分かっていたので、最大限石を働かせようとした。
ここで人間的には異筋であるが、実戦的な妙手がAIから飛び出た。
道的はこれを受けて長考に入ることになる。
35分経過したところで道的は方針を決めた。
攻め合っている石をおとりにして捨て石を使って局面を打開しようとする。
しかしAIもそれを察知して中々取ろうしない。
再び長考に入った道的は20分かけて、それならばと一旦手をAIに渡した。
相手がどう出てくるかによって受け方を決めようとしたのである。
これが相手に主導権を渡してしまうことになる。
一見バラバラに打ち始めたAIは周到に大石を攻め立てる準備を整えていた。
道的も察知はしていたが、受けるより他なかった。
AIは全ての利かしを打ち終えた後、猛然と大石を攻め立ててきた。
今まで経験したことのない強さだった。
黒攻めに対する、白シノギの勝負になったが、ここで決着がつきそうだった。
ここをシノギきってしまえばコミの負担が大きいからである。
道的は一手一手細心の注意を払った。
黒の厳しい攻め立てに対してシノギ形を作る格好になった。
先手一眼は確保し、あとはもう一眼を作ればよいだけになった。
石がギシギシ軋む音が聞こえるように張り詰めた格好になった。
ここでAIの妙手が繰り出される。
白地荒らしと眼をつぶす見合いの手を打ってきた。
この手を見て勝機なしと悟った道的は投了のボタンを押した。
AI黒の中央押し勝ちで決着した。気づくと観戦者は100人を超えていた。
「ありがとうございました」
対局ルームで道的は一言発言するとルームを退室した。
道的はすぐさま検討に入った。
囲碁ソフトを立ち上げると今打った棋譜の評価値を逐一確認した。
やはりAIに手を渡したあの手が評価値を下げた原因だった。
道的は現代に来て初めて実力で負けた。
悔しさが込み上げてきたが、それよりも同時に自戒の念の方が強かった。
「名勝負だったな」
ボソっと一言善田が呟いた。
しばし沈黙が続いたが善田はお茶を入れ始めた。
それとおやつとして道的の好きな小分けチョコレートを二枚お盆に乗せた。
道的は検討に夢中だったが、少し頭を冷やして休憩した方が回転が良くなる、
と善田が進言すると、一旦手を止めてお茶を二口飲んでチョコを一枚食べた。
再び道的は検討に戻ると、最善の評価値の先を探索していた。
3時間程、評価値での検討をしただろうか、道的はそろそろ疲れた様子だった。
善田は道的の邪魔にならないよう、ソファーで転がって目を瞑っていた。
道的は残した冷めたお茶とチョコレートをもう一枚口にいれると、
善田に黙って散歩に出掛けた。
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