二人は翌日揃って碁会所に出向いた。
道中、道的は生涯初の電車に乗り、その速さと景色に驚き見とれていた。
道的はまるで異世界に来た気分で、ただ善田の後ろにくっついて歩いた。
エレベーターに乗ると不可思議な感覚が道的を襲う。
「こんにちは~」
碁会所に入ると多くの老人が真剣に碁盤と向き合っていた。
「今日ここで指導碁を受けたいんですが」
善田が受け付けに尋ねる。
「初めての方ですか?席料は1200円。指導碁は5000円からになります」
正直一局で痛い出費ではあるが仕方ないと善田は腹を決め。
「私は打たないんですが、こちらの者が打ちます」
善田が答えた。
「分かりました、ではあなたは見学ということでお連れ様だけ指導碁ですね?」
受け付けが答えた。
「そうです。棋力はプロ並みですので、定先の手合いでお願いします」
善田は軽く嘘をついた。
「かしこまりました。」
「手合いカードにお名前を書いて、こちらでおかけになってお待ちください」
受け付けは丁寧に答えた。
「ここは老人ばかりですね。若い碁打ちはいないのですか?」
道的は不可思議に思えた。
善田は今日本の囲碁界が低迷していて、碁会所に来るのは老人がほとんどのことを説明した。
対して世界の囲碁事情は日本の低迷ぶりを受けて、
プロの上位もほとんどが隣国であることを伝えた。
「ぜんだひろし様~こちらへどうぞ」
受け付けが善田を呼んだ。
「呼ばれた、じゃ行こうか、一応俺の名前を使ってくれ」
善田はボソっと呟いた。
奥の部屋に行くと、40代の男性プロ棋士が三面打ちをしていた
その空いた一面に道的が座ると、隣に善田が控えた。
「失礼します、こちら碁会所が初めてなので付き添いで来ました、棋力はプロ級です」
「定先の手合いで一局指導碁をお願いします」
善田が補足事項を伝えた。
男性棋士が他の二面から目を離した。
「こんにちは、お若いですね」
「では、よろしくお願いします」
道的と棋士は同時に礼をすると、それぞれの碁笥を取った。
道的は初手小目から打ち始めた。
プロは間髪入れず星。
道的は三手目に星を選んだ。
プロはすぐさま星。白二連星のオーソドックスな布石である。
道的はここで二間高ジマリを打った。
これはAIの研究から評価値が高く、定先ならば固い打ち方ができるとの判断だった。
その後は緩やかに局面が進み、中盤から戦いに入った。
手堅く打っているだけでは碁は勝てない。
定先でも黒から積極的に仕掛けてみたい気分だった。
一手一手積み重なる内、道的は少しも隙を見せない。
徐々にプロの方が、石にほころびが見え始めた。
すかさず道的の鋭い手が飛び出す。
石の形を崩されたプロは屈服し形勢を少し悪くした。
プロは明らかに他の二面よりも道的の碁に集中し始めた。
それでも道的の石の鋭さは変わらない。
プロは粘り強く戦い始めた。
ヨセで取り戻そうと思索を巡らしていた。
「うーん、強いなぁ」
プロが一言、小声でぼやいた。
布石から中盤の戦いは一段落し、大ヨセの局面に入った。
この時点で黒10目勝ちの形勢である。
ヨセは最後の手止まりを打った方が優勢な局面に入る。
道的は絶妙のヨセ手順でさらに差を引き延ばし、
盤面15から16目勝ちまでヨセて最後の大ヨセの手止まりを道的でむかえた。
ここでプロは勝機なしと見て投了。
通常ここで検討の作業に入るがプロはおもむろに尋ねてきた。
「あなた何歳ですか?元院生?」
善田はすっとぼけて
「あれ、善田、お前今何歳だっけ?」
道的は察した様子で
「今二十歳です」
そう答えた。
「あぁ~そうかずっとネット碁ばかりだったもんなぁ」
「よく道策の棋譜並べたりもしてたけど、最近はAIで研究してるんだよな」
善田はとりあえずすっとぼけた様子で話しを続けた。
「あなた才能ありますね。もしかしたらプロになれるかもしれません」
プロ棋士は少し興奮した様子で答えた。
「ありがとうございます」
道的は答えた。
「へぇ~プロになれるかもだってさ、すごいなぁ」
善田はニヤリとした表情でプロを見つめた。
「今度、チャンスがあったらプロ試験を受けてみるのも可能性ありますかね?」
善田はプロ棋士に尋ねた。
「十分あると思います」
プロ棋士は率直に答えた。
その後は検討に入ったが、プロが指摘する箇所は何もなかった。
むしろプロの方がミスを打って形勢を損じたので、
道的の鋭さに感嘆のコメントが入っただけだった。
その後はプロ棋士も仕事があるので次のお客と対局を始めた。
道的と善田は特に見るべき物もなく。
指導碁が終わってからはそそくさと碁会所を退散した。
二人は帰路に入った。
「どうだった実際のプロは?」
善田が道的に尋ねた。
「私が白を持って相手が定先でも良い勝負ですね」
善田はクスクス笑いながら
「それは相手が気の毒だったなぁ」
と答えた。
二人は家に着くとすぐにPCを立ち上げた。
今打ってきた碁をAIに読み込ませて検討を始めたのだ。
すると道的には布石から中盤にかけて見えてなかった手がAIの候補手にあった。
「こんな手があったとは、やはりまだまだですね」
道的はボソッと呟いた。
「いや、まだ始めて二日だよ。AIに長く触らないと分からないよ」
当たり前のように善田が答えた。
それにしても名前をどうしようか。
とりあえずは居候の身でも構わないが、後々色々と面倒になる。
本人のためにも身分証明もなんとかしなくてはならない。
善田は明日も休みを使わせてもらって道的を現代に適合させることにした。
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