AIの未来よりも、人間の未来の話

AIの未来よりも、人間の未来の話

最近よく「AIが人間の仕事を奪う」という議論を見かけます。
確かに技術は急速に進歩していますが、この問題は少し整理して考える必要があります。

多くの議論では

AIが人間の能力を代替する

人間の価値がなくなる

という形で語られます。

しかしこれは能力と存在価値を混同した議論です。

人類はこれまでも多くの能力を道具に任せてきました。

計算は電卓に任せ、
記憶はコンピュータに任せ、
力仕事は機械に任せています。

それでも人間の価値がなくなったわけではありません。

つまり、AIの問題の本質は「能力」ではなく、別のところにあります。

AI社会で起こる本当の問題

もしAIが多くの仕事を行うようになると、人間は生存のために働く必要が減る可能性があります。

ここで問題になるのは

生活ではなく意味です。

人間は単に与えられるだけでは満足できません。

豊かな社会でも、なぜか満たされない人が多いのはこのためです。

人が充足する構造

人が満たされるときは、多くの場合

自分が何かを与えているとき

です。

それは

他人への助け
社会への貢献
知識の共有
文化や創造

など様々な形があります。

人は受け取るだけでは満たされず、
何かを与えるときに充足します。

人間の充足は「奪う」ではなく「与える」方向にある。
私はこれを与奪の法則と呼んでいます。

この構造は多くの人が経験的に感じていることでもあります。

産業社会からAI社会へ

これまでの産業社会では、人間は

必要だから働く

という構造でした。

しかしAI社会では

与えたいから行動する

という構造に変わる可能性があります。

つまり

義務

意志

への転換です。

AIの役割

ここで重要なのは、AIがすべてを代わりにやってしまうことではありません。

もしAIがすべてをやってしまうと、人間は自分の物語を失ってしまいます。

釣りの例えで言えば

魚の釣り方を学ぶことと、
釣った魚を与えられることでは、
充足感はまったく違います。

AIは人間の代わりに生きる存在ではなく、
人間の行動や成長を支える存在であるべきでしょう。

つまりAIは主役ではなく、舞台装置に近い存在です。

AI時代に残る価値

AI時代に価値を持つものは、おそらく

信頼
貢献

与える行為

といったものです。

これはお金のような外面的な価値というより、
内面的な価値に近いものです。

AIは主役ではない

AIが主役のように見える時代が来るかもしれません。

しかし実際には

人間がどのように変化していくか

というドラマの中で、AIは重要な役者として登場しているだけなのかもしれません。

技術の進歩よりも重要なのは

人間がどう成熟していくか

という問題なのだと思います。

もちろん、未来がこの通りになるとは限りません。
ただAI時代を考えるとき、人間の価値について一度立ち止まって考えてみるのも面白いかもしれません。

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