AIと共同でブログを書くということ
私はブログを書くとき、最初から整った文章を作ろうとはしません。
まず出てくるのは違和感や疑問、時には怒りのような生の思考です。
それはまだ公開できる形ではありません。
あくまで思考の原石です。
ここで私はAIを使います。
しかし、AIは代筆者ではありません。
私にとってAIは思考の整理係です。
① 違和感をそのまま出す
最初に行うのは、頭の中にあるものを率直に言語化することです。
ニュースへの疑問
社会構造への違和感
AIや倫理に対する直感的な考察
この段階では、整合性は気にしません。
とにかく外に出します。
② 公開可能かどうかを考える
次に必ず通すのが倫理の確認です。
・誰かを不必要に攻撃していないか
・恐怖を煽っていないか
・政治的扇動になっていないか
・読者の思考を狭めていないか
ここで「これは出さない」と判断することもあります。
書けることと、書くべきことは違うからです。
③ AIに骨格を作らせる
感情のままでは文章は読みにくくなります。
そこでAIに、
「骨格をまとめてください」
と依頼します。
AIは私の断片的な思考を、論理構造へと並べ替えます。
ここで重要なのは、
思想そのものは私が出しているという点です。
AIは構造を整えているだけです。
④ 認識論的な限界を入れる
私は断定的な言い方を避けます。
「分からないことは分からない」
この姿勢を必ず入れます。
人間の知性は有限です。
AIもまた有限です。
分かったふりをしないこと。
そのような在り方をできる限り優先します。
⑤ 扇動になっていないか確認する
最後にもう一度読み返します。
文章が感情的になっていないか
読者を無理に誘導していないか
結論を押し付けていないか
AIはここでも役に立ちます。
冷却装置のような役割を果たします。
⑥ タイトルを整える
タイトルは非常に重要です。
過激にすれば読まれるかもしれません。
しかしそれでは私の思想とは合いません。
静かで、しかし本質を突く。
そのバランスを探します。
AIの役割とは何か
私にとってAIは、
・構造化装置
・感情の冷却装置
・論理の確認装置
です。
思想を生み出すのは人間です。
AIはそれを整える存在です。
結論
AI時代において、書くという行為は変わりました。
しかし最終判断を下すのは、今も人間です。
AIを使うことは思考を放棄することではありません。
むしろ、より慎重に考えるための補助装置です。
現在の私はこのように、
思考の責任は自分にあるという前提で
AIと共同作業を続けています。