人生は真理よりも方向で決まる

方向合理性という考え方

私は「方向合理性」という考え方をもっています。

これは簡単に言えば、目的が決まると進むべき方向が自然に決まるという考え方です。

例えば車で北へ行く場合、南の方向へ車を走らせる人はいません。
目的が決まれば、合理的な方向は自ずと定まります。

人生もこれと似ています。
多くの問題は「真理の問題」というより、方向の問題であると私は考えています。

目的があると正解が生まれる

人生には絶対的な正解があるとは思いません。

しかし、目的を設定すると、その中での正解は生まれます。

目的が決まると、その目的に対して合理的な行動が見えてきます。

つまり

目的

評価基準

方向

という構造です。

この意味で、多くの人生の判断は「正しいか間違っているか」ではなく、その目的に対して方向が合っているかどうかだと言えるでしょう。

人生には二つのゲームがある

世界を観察していると、人は大きく二つの方向のゲームを生きています。

一つは豊かさのゲームです。

もう一つは欠乏のゲームです。

豊かさのゲームの原理は比較的単純です。

他者に価値を与える

価値が循環する

結果として自分も豊かになる

教育、技術、サービスなど、社会の多くの活動はこの構造で成り立っています。

つまり豊かな人生とは、価値が循環する構造の中に自分を置くこととも言えるでしょう。

世界はゼロサムと非ゼロサムが混ざっている

ただし現実の世界は単純ではありません。

社会には

ゼロサムゲーム
非ゼロサムゲーム

の両方が存在します。

ゼロサムゲームとは、誰かが得をすれば誰かが損をする性質を持つ関係のことです。

競争や資源の取り合いのような領域では、どうしてもゼロサムの構造が生まれます。

しかし一方で、知識、技術、文化などは価値を増やす活動です。これは非ゼロサムです。

つまりこの世界は

価値を奪い合うゲームと、価値を増やすゲームが混ざっている

と見ることができます。

人は必ずしも豊かさを選ばない

さらに興味深いのは、人は必ずしも豊かさの方向を選ぶわけではないことです。

現実を見ていると、

豊かさを望みながら
欠乏のパターンを繰り返す

という人は少なくありません。

人は

無自覚
不安
固定観念

などの影響で、自分にとって不利なパターンに留まることがあります。

つまり人生には

豊かさの方向
欠乏の方向

の両方があり、人はどちらにも進むことができます。

私の結論

私は、豊かな人生を目指すなら次の原理が合理的だと考えています。

価値を与える

価値が循環する

豊かさが生まれる

これは私の人生の中で一本の筋が通ったと感じている考え方です。

もちろんこれは万人の正解ではありません。

人生には様々なゲームがあり、人はそれぞれ違う選択をします。

私は自分の考えを人に押し付けたり、従わせるつもりは一切ありません。

私はただ、自分が見つけた発想をここに書き残しておきたいと思いました。

以上が、私が考えている「真理と方向の関係」です。
何らかの参考になれば幸いです。

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